2004年11月08日
Statues (地蔵)

徳之諸島各地に点在する「地蔵」に関する情報です。

概要

徳之諸島の誉島には街道沿いを中心に地蔵が納められた社が点在しています。これらはアンクの納められた徳の社とは異なる信仰対象がこの地に根付いている事を意味していると思われます。

地蔵の歴史

今日の地蔵の元となっている地蔵菩薩は釈迦の入滅後から弥勒菩薩の復活までの間現世に仏が不在となる事から降臨してきた菩薩とされており、一般的には左手に宝珠、右手に錫丈を持つ姿が広まっています。古代インドにおいて慈悲深い二人の王がおり、一人は神となり人々を救おうと考え一切智威如来となり、一人は神とならずに自らすすんで地獄へと落ち、苦悩し彷徨う魂を救おうとしたといいます。後者が地蔵菩薩であり、最も弱き者を救済しようとする菩薩として古くからひろく信仰対象となっています。

ちなみにソーサリアにおいて慈悲深くも生き方の異なった二人の男がいます。一切智威如来にあたるのが他ならぬ秩序による徳の統治を目指したロード・ブリティッシュの生き様であり、地蔵菩薩にあたるのが混沌による徳の統治を目指したロード・ブラックソンでしょう。したがって徳を祀ると共に地蔵を数多く祀る徳之諸島は混沌主義に近い傾向の徳文化が根付いていると推察できます。

また地蔵信仰は後年、地蔵尊の下には餓鬼界が広がっていると説かれるようになり地蔵菩薩像に水を注ぐ事で餓鬼界で苦しむ者を救うと考えられるようになります。「六地蔵」とは地蔵菩薩の守護する六道(地獄界・餓鬼界・阿修羅界・畜生界・人間界・天界)をそれぞれ護る地蔵尊で、葬儀場や墓場に作られました。更に道祖伸信仰と融合する事で町の結界を守護する存在として定着し、町外れに作られていったのです。今日の現実社会では地蔵信仰は習俗化しており宗教的意義は失われているに等しいです。

徳之諸島の地蔵

さて徳之諸島誉島で信仰されているスタチュを見てみると地蔵尊に極めて類似した点が見受けられます。その多くが街道沿いに建立されている事も今日の地蔵尊によく似ていますね。更に誉島のスタチュの種類が多岐に及ぶ点に関しても地蔵菩薩が六道を守護する存在である事を考えると合点がいきます。

誉島の地蔵尊を北から見ていきますと


炎色に輝くジャイアントビートル像
これは誉島の坑道深くのみで生息が確認されているファイアービートルを模したものと思われます。周囲のmaple tree(楓の木)とapple tree(林檎の木)は植樹されたものと思われます。


麒麟像
周囲にはbamboo(竹林)が植樹されています。


リッジバック像
周囲にはplum tree(梅の木)とcherry tree(桜の木)が植樹されており、二種類の風鐸が下げられています。


悪魔像
街道を大きく外れたField of Echos北部に建立された像ですが、北部の血の池を眺め下ろすように建立されています。


ソレン族像
Field of Echosの南部にあります。また他の地蔵とは異なり、ソレンクイーンとソレンウォーリア、二体の像が建立されています。血の湧き出る場所にある禍々しい像です。


彫像
街道沿いに建立された地蔵の中では最も南に位置しており、人を模した像です。

以上のように徳之諸島誉島には六種類の地蔵が点在しており、六道思想が根付いていたのではないかと考察できます。特にこれらの六地蔵は誉島中央を走る街道より西に建立されているという類似点が見られます。


しかしながら、徳之諸島ではこれら以外にも多くの彫像が祀られています。最も大規模なものが誉島東部に位置するZen Mazeです。

先に紹介した六地蔵のひとつである人型の彫像を中央に祭る巨大な庭園です。ちょうど禍々しい地蔵が建立されているField of Echosとは街道を挟んで対照的な位置に建立されており、人の世の繁栄を願い建立されたのではないでしょうか?


更に誉島にある徳之諸島最大の坑道であるヨモツ坑道深部には悪魔を模った巨像が発掘されています。

これは地層深くにありますので現在地上に祀られている地蔵とは年代が異なると思われます。しかしながら像の存在はこの地に古くから偶像崇拝が行われてきた経緯を物語りますね。


像の多くが誉島に集中していますが、他の島でも異なる像が確認できます。誠島の都市禅都一画には狼を模った像が祀られています。


銀狼像
徳之諸島にはTsuki Wolf (憑き狼あるいは月狼)という亜人が生息しているようになんらかの狼信仰があると思われます。多くの方はその姿を見て「狼男」を連想するでしょうが、現実社会における「狼憑き」とは余りにも異なります。まず狼憑き伝説とは「人語を解する狼」あるいは「人ほどの巨体を持つ狼」にまつわる伝承であり、亜人としての狼憑きは近代に入ってからの創作ですし、月との関連性も本来ありません。

この銀狼が如何なる信仰を元に作られたのかは定かではありませんが、銀はソーサリアにとって神聖なものであり、ブリティッシュ王家のシンボルとなっているは銀蛇です。この事からソーサリア期からある銀への神聖視と独自の狼信仰が融合して建立されたものではないでしょうか。

また「狛犬」との関連性が指摘されるでしょうが現実社会の日本における狛犬とは獅子と対をなす阿吽の形であり、獅子が飾られていない事への疑問が生じます。角があるものを狛犬、角のないものを獅子と呼びますから形状の上では「獅子」に相当しており、その配置は門の向かって左手に位置していますから配置上は「狛犬」に相当しています。


勇島東に浮かぶ火山島「Mt. Hakonu」には巨大な像が祀られています。

既に勇島と結ばれていたであろう橋も落ち、孤立した社です。徳之諸島で見受けられる偶像の大半は小像なのに対し、この地に祀られているものは巨像です。この規模のものは誉島の坑道で発掘された悪魔像くらいであり、同一の時期に建立されたものなのかもしれません。

投稿者 Siel Dragon : 2004年11月08日 09:00